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【連載】春画版「旅枕 東海道五十三次」

浮世絵の『東海道五十三次』と言えば、歌川広重のものが有名ですが、ほかにも数多くの浮世絵師が描きました。ここでは、歌川広重作『東海道五十三次』と、恋川笑山作『東海道旅枕五十三次』を、併せてご紹介いたします。

*《艶声春画》イベントでは、更に解説を加えてご紹介しております。

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第1回「日本橋から保土ヶ谷まで」

日本橋


歌川広重「東海道五十三次之内 日本橋 朝之景」


恋川笑山「旅枕 東海道五十三次 日本橋」

品川


歌川広重「東海道五十三次之内 品川 日之出 」


恋川笑山「旅枕 東海道五十三次 品川」

川崎


歌川広重「東海道五十三次之内 川崎宿 」


恋川笑山「旅枕 東海道五十三次 川崎」

神奈川


歌川広重「東海道五十三次之内 神奈川 台之景(だいのけい)」


恋川笑山「旅枕 東海道五十三次 神奈川」

保土ヶ谷


歌川広重「東海道五十三次之内 保土ヶ谷 新町橋(しんまちばし)」


恋川笑山「旅枕 東海道五十三次 保土ヶ谷」

恋川笑山(こいかわ しょうざん)

江戸時代末期から明治時代にかけて活躍した浮世絵師。文政四年(1821年)、飛騨高山に生まれる。幼いころに両親を失い、小僧として寺で育てられる。江戸に出たのち、役僧の地位にまで登った。しかし、酒と女にふけったことで、寺を追放される。

そののち、戯作者・柳水亭種清の弟子となる。種清は笑山と同年生まれであり、飛騨国高山生まれの同郷人でもある。笑山の、戯作者としての代表作には、『旅枕五十三次』がある。

*戯作(げさく)……江戸後期の通俗小説類の総称

本職は戯作者である笑山だが、絵師としても活躍し、自分の本の挿絵を描いた。晩年は、寺の住職となる。本を書きつづけながら、明治四十年(1907年)、86年の生涯を閉じた。

【旅枕五十三次】
タビマクラ ゴジュウサンツギ
色摺 半紙本 三冊、嘉永四年(1851年)刊
全五十三図