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熟女がお灸をすえさせながら


歌川国芳『花以嘉多』より

画について

熟女が若い男を呼び、お灸をすえさせながら、下半身で交わっています。

書き入れ原文

男「もし、あなた、今日のお灸はどうでございます。わたくしはあんまり灸をすえつけませんから、どうも下手でございます。少しは通じますか」

女「アイヨアイヨ、もうもう、通じるのなんのと、こなたは年に似合わない上手だよ。竹村でも、かまや艾でも、こんなにいいとは思わないよ。アア、モウどうも、皮切りのせえか、よくってよくって効くよ効くよ。こんなに効く灸ならなん丁でもいいから続けてすえてくんなよ。後生だよ後生だよ」

男「ハイハイ。しかし、どうも先行がそうは続きません。そのかわりおきゅうぎょうはしっかりでございましょうね」

女「フウよフウよ、きゅうぎょうには鰻でも芝居でも好きなものを奢るから、もっときつくよきつくよ」

(と尻を振る)

*きゅうぎょう……お灸などの報酬

中野愛梨コメント

会話から察するに、男はプロの鍼灸師ではないようです。上半身でも下半身でも同時に、別々の快感をむさぼる熟女……贅沢ですね。

絵師紹介:歌川国芳

江戸時代末期を代表する浮世絵師。幼少期から絵を学び、7、8歳で模写を開始。12歳で初代歌川豊国の目に留まり、15歳で入門。作品は役者絵、武者絵、美人画、風刺画、妖怪画、名所絵(風景画)から戯画、春画までさまざまなジャンルにわたる。奇想天外なアイデアで人々を魅了した。「東京スカイツリー」を浮世絵に描いていたのではないかと話題になった人物でもある。

45歳の時、天保の改革により、役者絵や美人画が禁止になる中、国芳は、悪政を風刺した作品を描く。幕府はそんな国芳を要注意人物と徹底的にマークしたため、国芳は何度も奉行所に呼び出され、尋問を受け、時には罰金を取られたり、始末書を書かされたりした。それでも国芳は幕府の風刺をしつづけてヒーローとなり、人気は最高潮に達した。

天保の改革終結ののちには、西洋画の技法を取り入れた。

無類の猫好きとしても知られ、常に数匹、時に十数匹の猫を飼い、猫を抱いて作画していたと伝えられる。

平成26年(2014年)、水星の南半球にあるクレーターが、国芳にちなんで「Kuniyoshi」と名付けられた。

耳であじわう《艶声春画》

当記事に掲載したように、《艶声春画》イベントでは、春画の解釈や書き入れなどを、耳で聴いてわかりやすい言葉で解説したり朗読したりしてゆきます。

お仕事帰りなどに、しっとりした艶声のひとときをお過ごしください。

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